キブン

場にふさわしくない絶世の美女と大衆酒場における出会いについて-酔いどれ譚九夜目

yoidore03

確かに彼女はそこにいた。

それほど広くない土間にビールケースがいたずらに積み上げられたその大衆酒場に、決してふさわしくない彼女は、黒髪のロングヘアーに、ベルベットの臙脂のドレスをまとい、およそ10cmの黒いヒールに足をのせ、存在感のあるバストを強調し、人を引き付ける大きな目をしていた。

絶世の美女だ。

「スコッチが飲みたいわ、それもダブルで。」

確かに彼女はそう言った。

やれやれ、こんなことがあっていいものか。思わず隣にいた僕は彼女に向って言った。

「ここにはスッコチはない。ここにあるのはいくらかのビールと、焼酎。そして日本酒。あとはくたびれたおじさんばかりだ。」

「スコッチが飲みたいのよ。」

「君は場所を間違えてはいないかい。スコッチはここにはない。フォアローゼスだって、ジャックダニエルだって、ありはしない。ここは確かにタフな場所だ。しかし、ここにはフィリップマーロウだっていやしないんだ。」

彼女はそれには応えず、ただきれいな髪を片手で掻き上げて、きれいな形をした耳を見せた。
それはとっても魅力的な耳だったし、何なら近くのリカーマウンテンまでスコッチを買いに走ろうかと思わせるほどのものだった。少し時間をおいて彼女は口を開いた。

「そう。ないのね。スコッチは。」

「どうしてそこまでスコッチにこだわるんだい。」

「大したことじゃないのよ。スコッチが飲みたいと思ったところにこの店があった。足は自然とこの店に向かい、今私はここにいる。ただそれだけの事なのよ。」

「ただそれだけの事。」

「そうそれだけの事。」

僕がビールを飲むことについて考えてみる。僕がビールを飲みたいと思ったところに、もしこの店があったら僕はやはり入ってしまうだろう。

そして、一言「ビールが飲みたいんだ」きっとそう言うに決まっている。滝の水がとうとうと落下するように、それはごく自然な事だった。

「少し考えてみたんだけど、君の言うことは至極まっとうな気がする。」

「あなたに何がわかるのかはわからないけれど、今私がわかるのはここを出てスコッチを飲める場所を探さないといけない。それだけなのかもしれないわ。」

そう言うと、彼女はヒールをカツカツと鳴らし大衆酒場を出ていった。

それから僕は焼酎をオンザロックで頼み、するめを肴に半分ほど一気に飲み干した。

あれから彼女は、スコッチが飲める店を見つけたのだろうか。それを僕が知る可能性は少ないし、知る必要もない。ただ彼女がこの店にいたという普通でない状態が今もこの酒の味を少し狂わせている。

あの時僕は、一緒に店をでてスコッチの飲める素敵な場所を探すべきだったかもしれない。ただそうさせない完全な雰囲気を彼女は持っていた。

それは、完全であり完璧であり何一つブレも感じさせない完成されたものだった。

あれから僕は、酒場で焼酎を頼むときほんの少しスコッチの事を考える。

そしてきれいな耳の形についてほんの少し考える。

— — — — — — — — — — — — — — — — — — — — — — — — — — — — — — — — — — — — — — — — — — — — — — — — — –

一人で立ち飲みをしていると暇なので、こんなことがあったらなあと考えることもある。
いつかあるかもしれないし、きっとないかもしれない。

“column:福田管”







  • このエントリーをはてなブックマークに追加

ピックアップ記事

  1. 海外からの旅行者の好奇心が強くてハラハラした話
  2. BBQやアウトドアで活躍する良い香りの天然由来虫除けスプレー
  3. 兵庫県旧JR福知山線廃線跡ハイキング-生瀬駅(なまぜ)出発と武田尾駅出発の両方の…
  4. カシオレをオーダーする男-酔いどれ譚 十三杯目
  5. 京都観光に来た友人を連れて行きたい穴場の黄葉スポット「岩戸落葉神社」

関連記事

  1. キブン

    暴君ボイラーメーカー。酔いどれ譚三杯目

    暴君ボイラーメーカー大学生の頃の僕たちにはボイラーメーカーとい…

  2. キブン

    「京都大原三千院」の紅葉を見過ごしてしまった方に-紅葉写真館

    春は梅や桜の花曇りが、夏は苔や緑の薫風が、秋は野山の錦が、冬は大雪の日…

  3. キブン

    白日~日本酒篇~酔いどれ譚7杯目

    すっかり秋にもなり、あちらコチラで日本酒イベントも増えてきた。…

  4. キブン

    京都の新しい楽しみ方!アートもフードもごっちゃ混ぜ、お店主催の音楽イベントが面白い

    飲食店にはそのお店の特色があり、趣味嗜好が同じような人が集まりやすい。…

  5. キブン

    海外からの旅行者の好奇心が強くてハラハラした話

    撮影で、色んな場所に行きます。例えば、深夜二時から始まるお祭り、例えば…

  6. キブン

    はじめてお酒を飲んだ日:サラリーマン酔いどれ譚

    20代を安酒でバカ酔いをして過ごし、いまは40代以上の渋い飲み…

ブログをメールで購読

メールアドレスを記入して購読すれば、更新をメールで受信できます。

2人の購読者に加わりましょう

  1. タビ・アソビ

    いま行きたい信楽:登り窯の『Ogama』で信楽の魅力を体感
  2. タビ・アソビ

    京都市内から車で約3時間半-「生野銀山」のアジト感たっぷりの関西の絶景
  3. キブン

    僕の上司-酔いどれ譚九杯目
  4. コト

    2016年12月から2017年1月末までの京都のイベント・観光情報
  5. キブン

    京都市内では飛ばせなさそうなのでドローンの飛行実験に岡山県の渋川海岸まで行ってき…
PAGE TOP
%d人のブロガーが「いいね」をつけました。