「ヒーローが年下になったのはいつからだろう。」というキャッチコピーを見たのが、僕がまだ20代前半で、たぶんこのコピーは「宣伝会議賞」で大賞をとっていたはずです。社会人になりたてだった僕はこの時「ヒーロー」になろうとしていた側の人間だったと思うんですね。
どんどんヒーローが年下になっていく
当時はかっこいいと思うヒーローがたくさんいたんですね。僕もそんなヒーローに憧れていて「いつかあんな風に」とか考えていたんですよ。
でもですね、気がつくと30歳を超えており、20代前半の時に憧れた人たちは(特にスポーツ選手は)あまり名前を聞かなくなった。ビジネスの現場でもサイクルの早い現代に飲み込まれて、あの当時騒がれた人はほとんど消えている。今でも活躍しているカズさんとか、イチローさんとか、孫さんとかは本当にすごいな、と思うんです。
彼らはあの当時、僕よりも年上で、こんな人になりたい像の筆頭で、まだ憧れの存在ですよ。
でも、いつからか憧れる人に年下が増えてきたんですね。
海外で活躍するサッカー選手、伝えたいことがあって、フリーペーパーを作っている大学生の女性とか、アメリカに留学してそこでしか得ることができない必要なスキルを身につけて日本に帰ってきて店を運営している人とか、まぁ数え上げるとキリがないんですけど、そんな若い人たちと自分は何が違うんだろうとか考えて毎日を過ごしていたんですよ。
でも、ある出来事があって気づいたというか、頭ではわかっていたんでしょうけど、実感したというか、そんな体験をしたんです。
ハブァ ナイストリップ 少年
僕には、いつもお世話になっているコワーキングスペースがありまして、普段はよくそこにいるんです。で、これもいつものことなんですけど、このコワーキングスペースでは、仕事がひと段落すると、誰が始めるともなく常設されている(みんなが持ち寄った)お酒を飲み出すんですね。
この日も仕事がひと段落した人たちと日本酒かワインを飲んでいたんですけど、あいにくの雨でして、僕はバスの時間があるので9時前にはコワーキングスペースを出ないといけなかったんです。
で、8時半くらいにコワーキングスペース改め、イザカワーキングスペースを出てバス停でバスを待っていたんですけど、このバス停から乗る人が少ないのか、バスを待っていたのは僕と、イヤホンをしている大学生と思しき若い男性だけでした。
そこに、レインコートを来た白人の観光客っぽい女性ふたりが近づいてきたんですね。彼女達から見て近くにいたのは、イヤホンで音楽を聴いているであろう大学生ぽい男性。彼女たちはイヤホンをしているのをわかっているのかいないのか知りませんが、その若い男性に話しかけたんです。
「Hi!」以降、はっきりとは聞き取れなかった(ネイティブの英語が理解できなかった)のですが、道を訊いているようでした。
僕が彼の立場だったら、この時点で軽いパニックを起こします。英語は苦手なので。
その大学生と思しき男性も、「イヤホンをしているのに道を訊いてきた」という不測の事態と、おそらく英語が苦手だったのでしょう、海外の人から英語で話しかけられ少し戸惑っているようでした。慌ててイヤホンを外し、日本語と英単語の入り混じるJPOPスタイルの言葉で対応していました。
スマホを取り出して「ヒア?ヒア?」と大学生がいうと、彼のスマホ画面を覗き込んだ片方の女性がしばらく考えて「Yes!」と言いました。
男性はひと安心したように見え「ゴーストレート」と西へ向かって指差したんですね、で女性達は「Thank you!」と言って去って行こうとしたんです。
もうこの会話って、これで終わりでいいじゃないですか。女性達の目的は達成され、男性も任務は果たしました。
でも、これで終わらなかったんですね、この時。
彼、
「ハブァ ナイストリップ」
て言ったんですよ。
去りゆく女性達の背中に向かって、おそらく苦手であろう英語の知識をフル動員して、JPOPスタイルの日本語英語で、
「ハブァ ナイストリップ」
歩き出していた彼女達も振り返って「Oh,Thank you」みたいなことを楽しそうに彼に向かって言うんですよ。
この時の僕の敗北感、想像できますか。
彼の心にあったものが何かはわかりませんが、少なくとも目先のことをこなすのではなく、もてなそうとしていたと思うんですよ。
この日は雨で、その次の日もあまり良い天気とはいえない。でも海外から来た観光客の女性達はレインコートを来て京都を楽しもうとしている。
慣れない英語に日本語混じりで、おそらくネイティブに通じないであろう発音で彼女たちに対応していた時、彼の胸の中にあったものは、「この人たちに楽しんで欲しい」という気持ちなのではないかと思うのです。
これに気づいた時に、自分にはできないであろうことを彼がした事実と、しかも年下という推測に、敗北を感じずにはいられなかったですよ。
だってその人たちが京都を楽しめようが、楽しめなかろうが関係ないですよ、その男性にとって。でも、その気持ちで対応していたであろうことが素晴らしいと感じたんですね。
この時は酔っていたんですけど、少し冷静になって考えてみると、この気持ちって、たぶん自分がその状況を楽しんでいないと出てこないのかな、と思うんですね。仕事とか、イベントとかを誰かと一緒になってやると、色々と提案する人、自分の役割を超えて動く人っていつも同じで、共通して楽しんでる感じがすごくするんですね。この時の彼もそんな人たちと同じなのではないかと思うんです。
なので全て推測なのですが、彼は不測の事態や苦手なコトも楽しんでいたんじゃないか、そんな考えが浮かんだ時に、また大きな敗北感を味わいましたよ。
僕は、たぶんその状況に限らず、不測の事態や苦手なことを楽しめないな、と。仕事早く終わらさないとな、とかそんなんばっかりですから。
でも、かっこよく見えるヒーローの条件がこれだったら、年下とか年上とか年齢は関係ないなとも思うので、少し気分は楽になったのですが。
自分だったら、おそらく出てくることのないこの「ハブァ ナイストリップ」にヒーローの条件を感じたホロ酔いの一日でした。あの時の少年と居酒屋で会うことがあったら、安い酒を奢りたいと思います。居酒屋でお会いしたら気軽に声をかけてください。
それでは「ハブァ ナイスデイ」。