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復活した幻の酒米”渡船”-JAグリーン近江 酒米部会 会長 沢 晶弘さん

日本酒がブームではなく、文化として生活の中に広がっている昨今。居酒屋だけでなくイタリアンでも、プレミア銘柄や定番の銘柄が並ぶところがあり、家庭の冷蔵庫には四号瓶が納まっている。じわじわ広がる日本酒の人気を支えているのが、銘酒米として全国の酒蔵に重宝される「山田錦」ではないだろうか。比較的大きな心白を持ち、高精米が可能で深みのある味わいが表現できることから、酒造好適米の王様と呼ぶ人もいる。そんな「山田錦」のルーツは「山田穂」と「短稈渡船」という酒米だそう。王様を産んだそのふたつの酒米の生産は、一旦途絶えてしまうのだけれど、ここ10年ほどで復活を遂げている。今回は「山田錦」の父系統にあたる「滋賀渡船6号」を復活させた農家の沢晶弘さんに、復活に到るまでの経緯や、「渡船」の魅力を聞いてみた。

ひと握り(約50グラム)の籾種から復活した酒米「渡船」

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文献にしか残っておらず、農家の沢さんですら触ったことはもちろん、見たこともないという酒米「渡船」。生産している農家はおらず、生産するためにはまず籾種を入手することが必要。沢さんが訪れたのは、作物の種などを管理している滋賀県農事試験場(農業試験場を経て現在、農業技術振興センター)。そこで手に入った籾種はひと握り(50グラム)だけだったそう。そこから少しずつ拡大させていき、現在では県内にある13社の酒造メーカーに提供するまでに拡大している。作ろうと思ったのは、滋賀県が誇れる酒米を作りたいとの思いからだそう。

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「”滋賀渡船”をやる前は、”山田錦”を作ってたんですわ。でも、それだと兵庫県には勝てないんです。なので滋賀県だったら滋賀県の酒米を作る必要がある、と考えていたんです」

「そんな時に、茨城県で作った”渡船”の酒に、流行の兆しが見えたんですね。それに背中を後押しされたのがきっかけですね(笑)。そうなんです。”渡船”は滋賀県と茨城県で作ってるんですよ。滋賀県の”渡船”ももともとは他県からもらったものなんです」

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「”滋賀渡船”は昭和34年まで滋賀県でも作られていたそうなんです。そこからパタッと生産が途絶えてしまったんですね。ただ、”渡船”について調べると、”短稈渡船”という品種が有名な”山田錦”の父親にあたるということがわかったんです。見つけた時は嬉しかったです。それで、もう、これやったら美味しい酒が作れるはずやということで、生産を決意したんです。籾種は滋賀県農事試験場で管理していたものがあったんです。残っていたのはたった50グラム。そこから生産を開始しました」

どんな米ができるかまったくわからなかった。できた米を見るともっとわからなくなった

酒米の扱いに長けた沢さんだったが、「渡船」ができた時は驚いたそう。そこには在来種ならではの育成の難しさがあるという。

「秋にね田んぼが真っ白になったんですよ。びっくりしましたね。普通ね、黄金色になるんですよ秋は。でも”渡船”の穂は麦の穂みたいに、トゲみたいな長い毛がボウボウになっているんですわ。昔”シシクワズ”という品種があったんですけど、それができたんかと思いましたね。トゲを作ったんは獣に食べられへんように、米が考えたんですね。でも、そんなん見たことないですから、そらびっくりしますわ」

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「一番面食らったのが、稈の長さの違いですね。同じ種類の籾種を蒔いたら違う長さのものができたんです。”山田錦”であれば稈の長さはほぼ一定なんです。ただ、”渡船”は稈の高さが2号もあれば4号もある、6号もあれば8号もある。文献にしか載ってないですけど21号というかなり稈の高い稲もあるらしいんです。さらにいうと晩稲(成熟する期間が長いもの)なんで10月超えてから刈りとるんですけどね、台風にやられてしまうでしょ。ヒヤヒヤしてましたね。かといってよく見ると早稲(成熟する期間が短いもの)もあるんですね。ほんまに訳がわかりませんわ。これは大変なものを作ってしまった。と、不安な気持ちもありましたね」

生命力の強い品種

在来種ならではの独特の成長の仕方は、難しくもあり面白くもあるという。これは生命力の強いことの証で、それを示す象徴的なエピソードがある。

「ゴールドラッシュの頃はね、カルフォルニアでアジア系の移民が多く働いていたらしいんですわ。米が必要になったから、向こうでも作ろうということになったんですよ。アジア各国、日本からもねいくつも種を送ったらしいんですわ。でもね、育たなかったらしいんですわ。その中で”渡船”だけがうまいこと成長したらしくて、カルフォルニア米のルーツにもなってるみたいなんです」

「酒にするときもね、困ったことがあったんですよ。瓶詰めしてからもね、発酵してるんですよ。酒蔵さんからね、”こんなん酒になりません”て言われまして、瓶詰めしても発酵しよるからフタが飛ぶいうて。よく聞くと、発酵期間が、長いものもあれば短いもののあって、バラバラやったんですね。その発酵の調整も難しかったんですわ」

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「でもね、共感してくれはる酒蔵さんも多くなって、滋賀県では13社さんが”滋賀渡船”で酒を作ってくれてます。ありがたいもんです。これからはもっと広げていって、滋賀県といえば”渡船”と呼ばれるようになりたいですね。あと関西にも面白い在来種の酒米があるんで、在来種祭りみたいなんができると嬉しいですね」

育種の難しい酒米だが、それが面白いと語る沢さん。安定供給されるようになれば、滋賀県の全酒蔵で”渡船”を使った日本酒が作られる日がくるかもしれない。個性の強い酒米に、四苦八苦しながら作られた酒からはその酒蔵特有の味わいが出てくるはず。未来の銘酒の誕生に思いを馳せながら、酒米”渡船”を語る沢さんはとても楽しそうだった。

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(左)沢さん、(右)JAグリーン近江営農事業部 岡本さん

JAグリーン近江 酒米部 部会長
沢 晶弘
グリーン近江農業協同組合
住所:滋賀県近江八幡市鷹飼町北四丁目12-2
Tel:0748-33-8453
HP:https://www.jagreenohmi.jas.or.jp/

“Text,Photo:中川 直幸”







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