ヒト

「渡船」への思いと日本酒文化-『藤居本家』藤居鐵也さん

img_2392%e3%81%ae%e3%82%b3%e3%83%92%e3%82%9a%e3%83%bc-01京都の居酒屋に行くと滋賀県で作られた日本酒を目にすることが多くなった。「七本槍」「松の司」など以前から人気の高いものはもちろん、新たにオープンした酒蔵のものまで。滋賀県は、もともと米生産が盛んで、県外に供給するほど潤沢な水資源を持ち、水に個性をもたらす山が県の面積のおよそ半分を占めるという、酒作りに適した環境があった。それに加え、滋賀県伝統の酒米”渡船”の復活も後押ししたに違いない。”渡船”は野生種に近い品種で、育成が難しく50年ほど生産が途絶えていた。『藤居本家』七代目当主の藤居鐵也さんは、親から聞いたことがあるだけの酒米だった”渡船”の復活に大いに喜んだという。それからおよそ10年。”渡船”への思いと、日本酒文化を生活の中に浸透させるため日々努力する『藤居本家』の試みを紹介したい。

“渡船”は滋賀県が誇る文化

創業からおよそ200年ほど続く蔵元の『藤居本家』。”玉栄”など近江の酒造好適米を使い、多彩なラインナップの日本酒を作っている。”渡船”の復活の話を聞いたらすぐに酒作りを開始したという藤居さん。いち早く反応したのは、憧れに近い気持ちが芽生えていたのと、試してみたいという好奇心があったそう。

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「親から聞いてはいたんです。滋賀県にも”渡船”という酒米があって、昔はそれで酒を作っていたと。でもね、昔話みたいな感じで、実感はなかったんですよ。それが「復活した」というのを聞いて、酒作りのお話を頂いた時は嬉しかったですね」

「親の代ですら使ったことがなかったですし、”山田錦”とも関係のある酒米だったので、自分の代で作れるのは光栄です。こんなに誇れるものはないですし、もっと広げていきたいですね」

年に一度の酒作りのチャンスをフル活用

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“渡船”を使うチャンスができてからは、一年一年を無駄にしないよう、その年にできることをできるだけ多く試したそう。

「どれだけ磨いたらいいか、どれだけ水を吸うのか、どういう麹の作り方をしたらいいのか、温度はどうしたらいいのか。どんな米かわからんかったんで、米をね、買い込んだんですよ。初めて使う米ですし、失敗したらどうしようか、と思いましたけどね、こればっかりは試してみなわかりませんからね。たくさん買ってたくさん試そうと思ったんですね」

「でもね、酒にするのは私じゃないんです。杜氏さんなんです。中には嫌がる人もおると思うんですよ。お金にはならへんかもしれませんしね、色々作るって簡単に言うけど、手間もかかりますしね。人に恵まれているな、と思ったのは、当時の杜氏さんが、そういうのを楽しんでくれる人でね、「そら面白いですね」ていうてくれて、最初の一年は、精米歩合の違う米を使って色んなお酒を作ったんですよ」

「日本酒を作るのはね、冬しかチャンスがないんですね。だから、多少損をしても一年で試すしかなかった。もちろん売れないお酒はありましたよ。それは仕方ないです。でも酒作りは手探りですし、自分の蔵に合ったお酒を早く作れる方が大切やったんです。しんどかったですけどね、でも楽しんでくれてたのが嬉しかったですね」

「今の杜氏さんも、色々チャレンジしてくれてますね。チャレンジすることが酒作りの楽しみですからね。同じ米使っても、昨年と同じようにしていたら、同じ味にはならないですから。気候が違うだけで全然違いますから。それを杜氏さんが調整してくれるんですね。商売はしんどいですけど、酒作りは面白いですね」

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この音を聞いている時が楽しいです

現在の杜氏である西澤さんにも、酒作りの面白さを聞くことができた。発酵のピークを迎えた酒のタンクからは、酵母が発酵する際に生じる気泡がプツプツと音を立てていた。

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「”渡船”は溶けやすいお米なんですよ。水を吸って、コクと香りの強い濃厚な日本酒になりますね。やり方によっても違いますけど、一般的には発酵は短い方なんですよ。面白い米やと思います」

「酒作りは、生き物を扱う仕事なので、発酵の経過とかを見ている時が楽しいですね。最近はピークなので、朝の四時から夜の見回りまで、目が離せないですけどね。隙をみて寝る感じです。それで狙った通りの味になって、お客さんから喜んでもらえたら、これほど嬉しいことはないですよ」

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一日中酵母の経過を見る日が続いているが、疲れは見せず、笑顔で答えてくれた。

20年ほど前から酒蔵を使ったイベントを開催

酒蔵見学を行っている”藤居本家”には海外からのゲストも多く訪れるという。その時に、日本の文化として日本酒をどういう時に飲むのか、という質問をされることがあるとか。昔は、食の席では日本酒が多く飲まれていたけれど、ビールやワインなどが生活の中に入ってきたことにより、日常的に飲むお酒ではなくなったのではないか、との思いから、日本酒を知らない人に知ってもらうきっかけになればと、酒蔵を使ったイベントも開催している。

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「20年ほど前から、音楽のイベントを酒蔵でやったりはしてるんですけどね、特に山本君(社員)が会社に入ってきてらかは、頻繁に行うようになって、若い人もイベントによく来てくれるようになりましたね。そこで振舞う日本酒を気に入って買ってくれる人もいます」

「山本君もちょっと変わった社員でね、好きなことには周りが見えなくなるくらいのめり込んで、何も言わなくてもやってしまう。その才能に光るものを感じて、彼の活動は温かく見守ってます。イベントの効果か、ちょっとずつ変化も起きている気がします。ブームではなく、食との食べ合わせを楽しんだり、仕事の労いで飲まれたり、会話を楽しむためのツールになったり、日本酒は特別な日に飲むだけのお酒ではなく、生活の中で日常的に飲まれるお酒なんだということを、広めていきたいですね」

“渡船”の商品が増えてきて、商品も安定してきた『藤居本家』だけれど、当主はチャレンジする酒作りを楽しんでいる。来年もまた新しいことをしてくれそうだ。

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11月上旬。この時季の酒蔵は、体の芯から冷えるような寒さだった。ブルっと体をひと振るいし、取材に付き合って頂いた当主と杜氏さんに挨拶をし、”渡船六号”の酒を片手に帰路につく。普段日本酒は鍋に合わせて飲んでいるのだけれど、その日の晩御飯であるお好み焼きに合わせて飲んでみた。酒の味がわからなくなるくらい濃厚ソースだったのだけれど、それでも輪郭がわかるほど豊かな香りが鼻から抜けていく感覚があった。食の楽しみが新たに増えるのは、生活を豊かにしてくれるように感じる。この冬は日本酒と色々な食の組み合わせを試してみたい。

12月3日(土)に藤居本家さんで「打音の世界」というライブがあるので、興味のある方はFBをのぞいてみて。

藤居本家 藤居鐵也
住所:滋賀県愛知郡愛荘町長野1769
営業時間:9:00-17:00
Close:無休
駐車場:20台
HP:http://www.fujiihonke.jp/

“Text,Photo:中川 直幸”







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