ヒト

世界でひとつの作り方:スーパービンテージジーンズに挑戦するニードルワーカー小中儀明さんの仕事の考え方Day2

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21年前、小中さん、岸田さん(FORTY NINERS 店長)、西澤さん(現在は芸人をされている)の3人で『FORTY NINERS』を立ち上げた際には、縫製はしていなかった。小中さんが、セレクトショップのバイヤーから、作り手になろうと思ったのはなぜか、そこには様々な出来事と思いがあった。

Day2 : 物作りを始めたきっかけと、今後の展開

信頼できる仲間との出会いは好きの延長に

服にもまったく興味がなく、ボンタンを履き、眉毛も剃りこむようなバリバリのヤンキーだったという小中さんに、転機が訪れたのは高校2年の時だった。彼をアメリカンカジュアルにのめり込ませた事件と出会いがある。

「高校2年の時かな。先輩のために大人数の喧嘩に参加したんよ。ほんまにやばかったで。次の日か、警察きて出頭せえいうねん。親父に相談したら、自分のケツは自分で拭いてこいて言われてな。俺ひとりで警察いったんよ。ほんで、警察から帰ってきて、落ち着いたくらいに電話してん。いらんことして先輩に迷惑かけたから、すんません、いうてお詫びの電話したんよ。ほしたら、みんな警察には親が行った、ていうんよ。逆にお前、自分で行ったんか?いうてな。そん時に、悲しなったんよ。俺、何しててん、思ってな。怒りもあったしな。なんで自分で行かへんねん、こいつら、ていう。こんなもんやったか、俺らのやってたことて」

「ほんで、もう俺今日で抜けるいうて、つるんでた友達とつるまんようなって。なんか面白いこと探してたら、サーファーの先輩に大阪連れていかれて。アメ村やな。そん時アメカジめちゃめちゃきてててん(流行ってた)。かっこええ、てなって、どハマりして。ひとつのことやり出したら、周り見えへんから、毎週大阪いって、片っ端から服みて回ってん」

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「それから、ちょっとしたら、中学の同級生の女の子が、あんた最近変わったなぁ、いうて。そんなん(アメカジ)が好きやったら、うちの学校にも面白いやつおるで会わしたるわ、いうて連れてきたんが岸田やってん」

「バチバチかっこよかったで。俺が読んでた雑誌見たら、載ってねん、岸田が。ストリートスナップ。服もめっちゃええの着てて。話したら、すぐ意気投合して、こら絶対友達ならなあかんわ、思って、そこからずっとよ。今もずっと一緒。一番の理解者」

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岸田直樹さん

ジンクスがモチベーションに

小中さんの店と工場があるのは、滋賀県の東部にある東近江市。鈴鹿山脈から琵琶湖まで伸びる幅広い土地に、約11万5千人が暮らしている。人口密度でいうと、京都市の6分の1くらいの規模だ。住宅や店舗が集中する八日市駅周辺から、車で5分ほど走るとすぐに田畑が広がる。山、川など自然が豊富、というと聞こえはいいが、おしゃれに敏感な人たちが服を買うためにわざわざ足を運ぶような場所ではないはずだ。20年前も現状と大きく変わらない。そんな場所で『FORTY NINERS』は、古着屋としてスタートする。

「なにやってもあかんて言われてる場所ってあるやろ? どこにでも」

「服も、美容も、食べもんもあかん。オープンしてもすぐあかんようなる、て言われてる場所。初めて店出したんはそんな場所やってん」

「2坪だけ場所借りて。岸田と西澤と3人で。俺まだ学生やったから、大学行きながら」

「あかん言われてん。できひんぞ、いうてな。ガキやったんもある。なにクソて、思ってな。絶対客を呼んだるて。なにやってもあかん言われてるからこそ。だからこそ成功させたろ、思っててん。根拠のない自信じゃないけどな、絶対できると思っててん。99人があかんていうやろ、あと1人だけが、できるっていう。その1人が俺ら」

簡単な話やん。成功するまで続けたったらええねん。10やってあかんかったら、20。20であかんかったら40

「誰かが、100やって成功した、ていうんやったら、あえて200やって成功さしたろてな(笑) 成功するまでは、100回でも、200回でも、何回でもしたんねん。やり尽くしたるっていうのはそういうこと、やれること全部やって成功さしたる」

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俺が今しなあかんことは、ディフェンス

小中さん達は、自分達の目利きでいいものを仕入れ、地元を中心に着実に顧客を増やしていった。そして、10年間そこで営業し続けた。一説によると、起業して10年以内に9割の会社が倒産するといわれている。しかし、ジンクスをモチベーションにし、きっちりと結果を残した。その間、小中さんは大学もしっかり卒業している。「途中でやめるのはあかん」と、考えたという。そして、お店を現在の場所に移し、仕入れるものを増やし、急速にファンを増やしていく。物作りを視野に入れ出したのもこの頃だった。

「自分たちで、色んなもん仕入れるやろ。ビンテージも扱ってたしな。でもな、だんだん目が良くなってくんねん。ええもん見すぎて、目が肥えてきてん。この商品、この価格が適正価格ちゃうんちゃうか、て思うこともあってん。そらな、メーカーが作って、価格はメーカーが決めんねんけどな、いろんなもん見る中で、そう思ってしまってん」

「ほんで、完璧に満足できるもんを作ったろ思ってん。俺らやったらできるやろて。そっから、岡山行って、縫製教えてくださいいうて、教えてもらって。糸の作り方、生地の織り方、全部教えてもらったよ。めっちゃ感謝してるねん。今もう、全部やってるよ」

「でもな、なんか違うねん。出来上がったもん見て違和感を感じるねん。それがミシンがやってん。40年代には40年代の、30年代には30年代の縫い方があって、その年代にしかないミシンで縫ってんねん。それに気づいてん」

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取材中に、小中さんにビンテージジーンズの修理を頼んでいたという男性から電話があった。

「お世話になります。頼まれていたスウェット上がりました。遅なってすんません」

電話してきたのは、東京に住む男性だという。彼もビンテージジーンズの愛好家で、以前は関東でリペアを頼んでいたが、仕上がりに満足できず、たどり着いたのが小中さんだったそう。仕事の話は、すぐに終わり、そこからはビンテージジーンズの話になった。ビンテージの話になると、ふたりとも話が止まらなくなる。

「もう、あれですね、びっくりするくらいの価格になってますね。いま。ヨンナナのデッドストックとか200超えてますからね。ちょっと前まで100前半やったのに。大戦モデルで300とかですよ」

「もう価値が上がりすぎて、めちゃくちゃなってますね。おかしい縫製とか、完全にリサイズしてるやつでも、ぽんぽん売れるしね。その年代ていうだけでね。海外から出品されたものやったら、爆裂な金払ってでも欲しいいう人が多いしね。ジャパニーズイズイージー(日本人はなんでも買う)みたいなこという外国人もいるから。なにぬかしてんねん、一回ハリセンでしばいたろか、て話ですしね(笑)」

「そんな現状でね、愛好家さんを守りたいんですよ。こんどね、関東でイベントあるでしょ。そこに、海外からもいっぱいくるからね、パフォーマンスしたろ、思ってるんですよ。危ないミシン(手に入らないようなミシン)持っていってね。日本人でこんなことしてるやついんのか、てね。驚かしたろ思てるんですよ。日本なめんな、てね」

世界中からここに人を呼ぶ

小中さんの職場には、所狭しと昔のミシンが並べられている。どれもなかなか手に入れることができないような高額なミシンだ。高額になるのには理由がある。第二次世界大戦だ。鉄で作られていたミシンは、ほとんどが溶かされ兵器になったという。世界大戦後はミシンのハイテク化が進み、古いミシンは廃棄されていく。そして縫製が全く別物になったという。素人目からみると、わからないような差である。

小中さんが作るジーパンと市販のレプリカには、ここに決定的な違いがある。レプリカは、現代のミシンや技術で同じ形を復活させようとする。小中さんのジーンズは、ミシンからその時代に合わせるため、縫製も当時の状態をそのまま忠実に再現できるのだという。ここが小中さんが、自分のことを変態という理由だ。しかし、愛好家にはそれがたまらない。

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社員のヒロシさんと、届いたばかりのミシンを記念撮影する小中さん

取材中に一台のミシンが届いた。大戦前の貴重なモデルで、イギリスで見つけたという。ミシンの梱包を解いた時の小中さんの顔は、クリスマスプレゼントをもらった子どものようだった。

「完璧や。やばい。マジであるんやこんなん」

「俺、これ他にも持ってんねんけど、完全な状態のやつはないわ。どっか金具とか抜けてるはずやねんけどな。これは素晴らしい」

「ビンテージってな、ひと言で言うけどな、いろいろあんねん。世界大戦後50年代から70年代までをビンテージって言ってんねん。で、それよりさらに古い40年代から前の時代のものをスーパービンテージって言ってんねんけど。このミシンはその時代のものやねん。これがあったらその当時のものが再現できるねん」

「俺な、買占めたろうと思ってんねん。それはな、東近江にでっかい工場作るためやねん。もう、岡山と話しててな、機織りの機械もひっぱってくるわ」

「この街にきたらな、ええ服買える、カフェとかな、めし屋でうまいもん食える、住んでもおもろいし、ほんまもんの物作りをしてる。色んなもんを深く追求してるやつらが集まってくる。世界中からな、それを面白いと思ってる職人とか人を呼びたいねん

もうすでにそんな人が集まりつつある。2016年8月からニードルワーカーとして働いている、清水さん。福井県から1年間、ここに通い詰めたという。前職は縫製工場で働いていて、ポジションも上の方だったそう。

「今、住み込みで働いてくれてるよ。週末だけ福井に帰って。でも、ジーンズ縫うのが夢やって、縫製工場やめて8月から来てくれてんねん。ほんな人らな、守らなあかんやろ。守る責任があるやろ。だからめちゃめちゃ上目指して、めちゃめちゃ早いスピードで走り抜けていくで。まだまだこれからやで」

彼はそう言って嬉しそうに笑う。夢に着実に近づいているのを実感しているのかもしれない。

現在はネット販売もしているが、一度店を見たいと他府県からも足を運ぶ人は多いそう。ジーンズ好きの聖地になりそうな雰囲気が、ここにはある。また小中さんのジーンズは、4万5千円ほどで購入できる。海外からもオーダーは入っており、予約待ちで商品が手に届くまでは時間がかかる。しかし、この場所にきて、制作現場を見ると、それでも欲しいと思えてくる。ぜひ一度、現場の熱量と仕上がりを体験して欲しい。これからも早いスピードで成長し、変化し続ける小中さんと、仲間と、この街から目が離せない。

Day1 : 小中流、成功をつかむ考え方

小中 儀明(こなか よしあき)
株式会社ヨークハウス代表 CONNERS SEWING FACTORY代表
Shop:FORTYNINERS(セレクトショップ)
電話:0748-23-4762
住所:滋賀県東近江市八日市本町14−25
定休日:無休 ※小中さんは水曜がお休み
HP:http://www.fortyniners.cc/
オフィシャルブログ:http://ameblo.jp/fn1849/(最新情報はこちらから)

“Text,Photo:中川 直幸”




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